7月7日にめでたく1歳を迎えた長男そーやですが、1年前本当の予定日は22日でした。
というわけで、予定日1周年記念、忘れないうちに出産の話、の巻です。
年末に妊娠がわかってから、そんなにひどいつわりもなく着々と肉をつけ(自分の分)
一度逆子と診断されるも(8ヶ月まではぐるぐる動いています、のでよくある事)逆子体操で治り
6月上旬のある日、里帰り出産をすべく嫁は九州の地を踏んだのでした。(広島経由)
予定日まで1ヵ月半以上ですが、長距離なのと家長の休みが取れたのとで早めの移動に。
実家近くの産院にて転院の手続きなどをし、しばしくつろぐ事1ヶ月。
その間、散歩をしたり勤めに出ている母の代わりにちょっと夕飯を作ったり、買い物に行ったり
車で1時間ほどの所に住む姉親子もきて、9ヶ月の姪っ子と水遊びをしたり、という日々。
そしてその日は突然やってきました。
妊娠中の病院通いは最初のうちは4週に一度、7ヶ月の頃は3週に一度、8、9ヶ月は2週に一度
10ヶ月にはいると毎週、という風になってきます。腹囲・子宮底長・体重・血圧を測定し
エコーでおなかの中の観察をする、といった内容です。時に採血なども。
嫁も10ヶ月になり、そろそろ1週間おきの予定になり、まさに今日行こうと思っていた7月6日。
早朝5時過ぎ、いつもと違う感覚に思わず飛び起きトイレへ駆け込む。そう、破水でした。
一番メジャーな出産の兆しといえば「陣痛」です。10分おきになったら病院へ来てね、というやつ。
嫁もそのことしか考えてませんでした。姉もそうだったし。それに予定日までまだ2週間。
嫁母も家長母も初産のときは遅れたらしいし、おなかの中も小さめなので遅れるかな?
とか、悠長に考えてました。実際前の日も買い物とか行って普通に過ごしてたし。
それがいきなり破水。意外に冷静に、もしかしたら尿もれ?いやんいやん(実際勘違いもあるらしい)などと
薄暗い中、出産本を探し出して飛ばし読みしていた破水の項を探していると母も起きて来ました。
実は母が姉を産んだときも破水からだったそうで(そうならそうといっておいてくれたら読んどくのに)
横になっても出るようであれば破水だ、との指示。結局確かに破水だということで産院へ。
ばたばた用意をしているところへ2階で寝ていた嫁父も起きてきて一言。「早いじゃないか」
そーんな事言ったってしょうがないじゃなーい。あたしだってびっくりよう。
でもね、とうさま、でものはれものところかまわずなのよ。
案の定、嫁母に「早いも遅いもないよ。」などと一蹴され勝手に会社に行くよう指示され、とり残される父。
6時前に病院に着いた嫁、そこで見たものは髪ちょーぼさぼさの先生。ごっつい寝起き。
そういう嫁も、前日結構歩いたので両足の裏にサ○ンパスを張っておりました。とほほ。
内診して、たしかに破水で子宮口も少し開いてきているので、即入院。陣痛室というところへ。
これは分娩室の横にあって、陣痛の間隔が狭まり いざ分娩、というまでを過ごす部屋です。
しかーし。来ないのよ、陣痛が。
普通は破水すると、陣痛も徐々に起きてくるもの。なのに嫁には陣痛が来ず。
入院が決まったので7時ごろ(起きないだろうと少し時間をおいた)嫁母が連絡しておいた家長も、
出勤し急な休みの申請をし(電話線とPCがあればできる仕事なのでこういう時便利)
仕事道具をもって東京から新幹線で駆けつけます。そのときすでに夕方。しかし陣痛はわずか。
姉と姪、仕事帰りの嫁父も来るけど、普通に過ごせる程度の痛みのみ。
破水をしているので感染予防のため外出・入浴などは禁止です。
なので、狭い院内を陣痛促進のためにぐーるぐーる歩き回ります。でもだめ。
少しはきてるんだけど生理痛程度。素人にもこれじゃあまだだとわかります。
夜になって、徐々には強くなるんだけれどそれでもまだ、ちょっときつめの生理痛程度。
間隔もまだまだ10分以上あるし。しかし、さすがにあまり食事はとれませんでした。
嫁が入院してから夜明けまで、隣の陣痛室の人がひっきりなしに変わり、生まれること3人。
嫁は疲れて眠る家長と嫁母を横目で見ながら、時折じんわりとくる陣痛に眠れぬ夜をすごすのでした。
次号予告
どうなる嫁!?果たして陣痛はくるのか?次回「いざ出産」の巻
|
|